音楽家として生きていくということ
次世代クリエイター、Haiokaが考える自分流の働き方
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音楽家として生きていくということ
次世代クリエイター、Haiokaが考える自分流の働き方
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ダンスミュージックバンドBREMENとして頭角を現し、その後The KAHとして活動をする一方で、ドイツのレーベルからソロデビュー。ドイツ、イタリア、シンガポールでライブを行うなど、精力的なアーティスト活動を続けているHaiokaさん。苦しい下積み時代を経て、次世代のクリエイターはどんな働き方をしているのでしょうか?

JOB自身の作品発表のほか、企業などのコンポーザーとして活躍

——Haiokaさんは、2014年にはレッドブルミュージックアカデミーに、2015年には、アメリカ・オースティンで開催される音楽・映画・インスタラクションの祭典"SXSW 2015"へ出演と華々しい活躍をされています。今現在は主にどんな活動をされているのでしょうか?

ミュージシャンとして作品を作って、ライブなどを行うアーティスト活動の一方で、企業のウェブCMやテレビCM、それに映画などに曲をつけるコンポーザー(作曲家)の仕事をしています。

レコーディングの様子-1

現在は12月の頭に発売予定のアルバムの最終段階の作業をしています。今まで日本独特の音やメロディーとエレクトロニック音楽の融合を目指した作品を発表してきましたが、琴や和太鼓を扱っているうちに、もっと日本の音楽の歴史を掘り下げたくなりました。次作では雅楽も取り入れて、“古の音楽の進化した姿”の表現に挑戦しています。
それから沖縄の環境保護を題材としたドキュメンタリー映画のためにサウンドトラックを製作中なんですが、こちらは“琉球音楽の進化した姿”に挑戦しています。

どちらのアルバムも、昔から日本にあって、無意識のうちに耳に入ってきていた音楽に改めて向き合ってみると新しい発見がありました。「普遍的なことに対して角度を変えて見てみると、なんでも無いことにも素晴らしい発見がある。」というのは、BREMENの時からずっと大切にしているテーマで、振り返ってみると、実は僕はずっとこのことだけを表現してきているのかなと思います。

Red Bull Music Academy 2014 Tokyoでの写真-2-1

LIFE1日に一回でも自分の音を出さないと不安になる

——1日のライフサイクルを教えてください。

朝8時に起きて、コーヒーを飲んで、1時間くらい好きなアーティストの曲を聴きます。その後は作業に入ります。お昼過ぎまで作業したらお昼ご飯。お昼ご飯後は、また曲作りをして、夕飯。その後はアニメを見て寝ます。特別なことがない日は、ほぼこのパターンです。

——毎日ルーティンな生活だと作曲に行き詰まったりすることはないですか?

ないですね。逆に1日のうちに少しでも音を出さないと、不安になります。何か少しでも、例えばメモ的にリズムを作るだけでもいいから、自分の音を出すのが日課です。

——バカンスに行って「今日は何もしないぞ」というときはない?

「何もしないときがなくてはいけない」ということを学びました(笑)
力を抜くときは抜かないといい発想に結びつかないと……なので、最近は普通の旅行に行くときは、音が出るものは何も持っていかない。完全に遮断して、旅行先でも音楽は聞かないようにしています。

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LIKE好きなことが仕事。煮詰まったら音楽を聴いてリフレッシュ

——音楽以外に興味があることって、何でしょうか?

将棋は好きですけど……もともと趣味が長続きするタイプじゃないんです。好きだった音楽を仕事にしてしまったから、他に目立った趣味みたいなものがない。

——では音楽を作るのに疲れたな、というときには何をしますか?

別の人の曲を聴きます(笑) それでリフレッシュして、また音楽制作に戻る。

——すごくいろいろな音楽に接していると思いますが、いまだに聞いて驚くような音楽に出会うことはありますか?

それを自分に与え続けるのも、僕の仕事の1つだと思っています。自分が音楽を嫌いにならないように自分をコントロールするためにも、発見を求めていろいろ聞くようにしているんです。最近だと日本のバンドに驚かされることが多いですね。それに中国のハウイー・リーやイランのアッシュ・クーシャ……彼らは自分の国の音楽を進化させているような気がしますね。

——Haiokaさんが共感できる、近しいミュージシャンってだれでしょうか? Haiokaさんの音楽の特徴というと、和を取り入れたエレクトロニカということになりますが……。

日本独自の音楽を扱っているという意味では昔のDJクラッシュさん(和楽器とのコラボレーションなどでも知られ、世界的な活躍を見せる日本人DJ)の楽曲に近いかもしれませんが……。それよりも、日本に住んでいるからこそ出来る音楽を探求するという流れを、途絶えさせてはいけないという思いが僕の中にあるような気がします。

ただシンパシーを感じるという意味だと、レッドブルミュージックアカデミーのときに知り合ったアルゼンチンのプラスマ・ルービーというエレクトロニカのアーティストですね。彼の音楽は伝えたいことや表現したいことが、まるでもう一人の自分がいるようにまったく同じなんです。自分のこだわりで制作はしたいけど、人も楽しませたい。そのバランスが同じなんです。

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CHANGE音楽家であるために、あえて仕事を辞めた

——ところで、Haiokaさんがアーティストになったきっかけをお伺いしたいのですが、最初に聞いた音楽はどういうものでしたか?

僕は音楽をキチンと聴き始めたのが遅くて。もともと硬い家庭に育ったこともあって、音楽に興味がなかったんです。小さなころは科学とか物理、恐竜とか学者みたいなものに憧れていました。Mr.Childrenの「名もなき歌」が中学三年生のときに流行って、みんな聞いていましたけど、そのころでも音楽に興味は持てなかったですね。テレビの音楽番組は見てましたけど、本当に興味を持てなかったんです。

そんな僕でも友達の流れに乗って音楽を少しずつ聞くようになって、最初は……黒夢にハマったのかな。意外だと思いますけど(笑)

——では音楽そのものにどっぷりハマりだしたのは?

高校の頃からかな。音楽をどんどん好きになって、所属していたバスケ部の部室にラジカセを置いたんですよ、とにかく黒夢をみんなに聞いてもらいたくて(笑) そしたらそのラジカセでみんながいろいろな音楽をかけるようになって。それから広がっていきましたね。

僕が音楽を好きになったころは洋楽のヒップホップやR&Bがブームで、ボーイズⅡメンの「レット・イット・スノウ」を買ったことがあるです。その和訳が、「僕の家はすごい貧乏で、サンタクロースさえ来てくれない。せめて雪でも降ってくれないか」という悲しい歌詞だった。こんな歌詞も理解しないで、ただいい曲だね、なんて聞いている日本人たちがバカらしく思えてきちゃって、もう洋楽聞くのを止めようと(笑)

そんなときに、ちょっとオシャレな友達が、ケミカル・ブラザーズの「サレンダー」を聞かせてくれたんです。これは言葉がなくても楽しめる音楽だ!と思って、テクノが好きになったんです。ファットボーイ・スリム、アンダーワールド……1999年ごろかな。

Red Bull Music Academy 2014 Tokyoでの写真-1

——それから制作にはどういう流れで?

僕はもともとすごく音痴で、リズム感がないんです。中学生のころに鼻歌を歌っていたら、親に「あんた音痴だね」って言われるくらい(笑) 逆に妹はピアノやサックスを演奏してたりして、音楽に長けている。

高三の終わりくらいに、友人に誘われて、彼のお兄さんがDJしているのを見に行きました。そこでわかったわけなんです。音痴な僕でも人の曲で音楽できるなら、自分でもできるかもしれないって。当時アルバイト先にDJをやっている人がいて、機材を買って、イベントをオーガナイズして、いろいろと教えてもらったのが始まりですね。

——大学から社会人までの流れは?

大学三年生でBREMENというバンドを作りました。その時にボーカルのエリーをバンドに誘うために、「就職前にCDデビューを決めるから、あと1年」と約束をして……結局在学中にデビューを決めたわけなんです。

——大学を卒業した時点ではアーティストとしてやっていこうと決め、その後結局ソロになるわけですね。

バンド時代は、レーベルとの関係があったので、会社の都合や大人の事情も考慮しなければいけない状況がありました。だったら制作やマネジメントをはじめ、全部自分でやってもいいじゃないか、と思って別の道を試したくなったんです。

——音楽で食えるようになったのは、いつでしょうか?

ちょうど30歳を迎える頃に、フリーランスとして働いていた彼女に相談したんですよ。これからどうしたら良いのかと。そのときのアドバイスが「音楽家で食べていくんだったら、音楽に集中した方がいい」と。当時は少しずつ作曲の依頼が来始めたころで、バイトをしていたらそこに時間が取られて良い作品ができない、ならば音楽に集中しようと……そうしてバイトを辞めたら、音楽家としてリピートしていただけるようになりました。

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SENSE鈍感力が音楽家としての自分を作り上げている

——どんなことをすれば、Haiokaさんのような音楽家になれますか?

精神的なものでいうと、鈍感になること。苦しい、辛い、お金がない……そういうことに気づかないようにする。楽天家でいることだと思います。目を背けたり逃げたりするのはではなく、距離を置くというか。

イギリス人はブリットポップ好きで、誇りを持っている。日本でもそういう音楽が作れたらいい。ルーツは洋楽じゃなくて、本当の意味での邦楽、雅楽みたいなもの。そういう音楽を、テクノやロックを教えてくれた“世界”に提示していきたい。今は日本の“間”を世界の人に向けてどう表現すれば良いのか研究中なんです。

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(2016/10/7 ホシデトモタカ)

 

▼(左)2016年9月23日発売 アルバム先行シングル“Alaya”/(右)2016年12月2日発売予定 アルバム“RIWAINDO”

アルバム2種

 

プロフィール
2013年9月、ドイツ・ベルリンのレーベル"Emelard & Doreen"から"Blowin' In The Wind Of Love EP"をリリース。個人名義"Haioka"でのエレクトロニカプロジェクトを本格的に始動。
2014年11月、世界中から6,000通の応募があった中の60人に選ばれ、レッドブルミュージックアカデミー2014に参加。
2015年3月、アメリカ・オースティンで開催される音楽と映像、インスタラクションの祭典"SXSW 2015"へ出演。ダンスミュージックバンド"BREMEN"、"The KAH"のメンバーとして活躍。
2016年12月に、ニューアルバムが発売される。

【公式サイト】http://www.haioka.jp/
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