『The Food Architecture』っていう
表現がしっくりきています
2009年の「混浴温泉世界」の運営に携わり、後に、別府に移り住んだ宮川園さんに話を聞いた。
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『The Food Architecture』っていう
表現がしっくりきています
2009年の「混浴温泉世界」の運営に携わり、後に、別府に移り住んだ宮川園さんに話を聞いた。
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私の半径10mくらいを幸せにできたらいい

――具体的なお仕事は何ですかと聞かれたときに何と答えていらっしゃいますか?

難しいですね。「料理を作ります」とは言うようにいるんですが、自分の中では、「The Food Architecture」(食べ物建築家)っていう表現がしっくりきています。建築家として食事を作って、人を集めて、その人たちが集まることで場所が生まれる。食べてしまったものは消えてなくなるんだけど、記憶には残るっていうところも料理の好きなところかな。だから、不思議な料理とか、とびきりおいしいものを提供するようにして、記憶に残るように意識しています。

宮川園2

――その中で、スタジオ・ノクードはどういう位置づけになるんでしょうか。

研究所みたいなアトリエって感じです。キッチンスタジオとしてあって、広いからパーティーや、人を集める装置にもなりうるんだけど、研究所っていう使い方をしているから、興味のある人だけ来てもらえたらいいかなって。

「食」は誰にでも開かれているものではあるけれど、全ての人に理解してもらいたいとは思っていないんです。私自身が楽しくて、幸せで、その周り半径10mくらいが幸せなコミュニティがいいなって思ってやっています。全て主観的な作業なんだけど、その主観的なこと故に共感してもらえることがあるっていうことはずっと思っていることですね。

 ずっと好きでいられるようにルーティーンワークにはしない

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――煮詰まったりしないように、日々気を付けていることなどはありますか?

毎日がルーティーンワークにならないようには意識しています。料理は好きだけど、大量に切る、炒めるの作業になると、好きじゃなくなると思うので。最近はパーティーやイベントが多くてありがたいんですけど、温泉がないと生きていけなくなってる(笑)。別府が好きで来ているので、逃げとかではないんですけど、毎日満員電車に乗るような東京での生活は私には無理だっただろうなって思いますね。

――今の生活のベースになっている別府に来ることになったきっかけにはどんなものがあったんでしょう?

2009年にプロジェクトで教授に付いて別府に来たのがそもそもの始まりなんですが、その年の「混浴温泉世界」のボランティアとして運営に携わったりしていく中で、別府への興味が湧いてきました。

決定打になったのは九州大学の田北雅裕先生のトークショーですね。彼自身、大学院生のときに、大分の隣の寂れた杖立温泉にたった1人で移り住んで、何のコミュニティにも属さずに自分で街づくりをしたっていう話に感銘を受けたんです。その街に住んで、その土地でお嫁さんをもらって、そこで生きるっていう覚悟を持って移り住んだっていうお話や、都会の考えを田舎に持ってくるというお話にも共感できたので、トークショーが終わってすぐに、別府に行くことを決めました。

――実際に別府に来てみて、どうでしたか。

すごくしっくり来ています。というのも、別府には、私が、小さい頃3年間住んでいた天草の商店街の雰囲気があるんです。色んな人が「園ちゃん、園ちゃん」って面倒見てくれて……。朝起きたら、出ていって、ご飯食べて、髪を結んでもらって、着替えて、ヤクルト飲んで帰ってくるみたいな感じ。だから、別府に来た時は不思議と懐かしかった。

ノクード近くの北高架商店街には子どもたちがけっこういて、みんな土日どこにも遊びに行けないから、何かの度にパーティーをしたりしています。ナイトバザーとかやる度に、手伝ったり、何かしたりすればお金はいらないよ、みたいにしてる。小さいころから面白い大人たちが周りにいて、色んなものに触れられるから、この辺りの子どもたちはセンスがすごく良いと思う。「センスのたれ流し」って友達にもよく言われるんだけど(笑)。小さい頃、自分が自然とされてきたことへの恩返しをまた違う人にやっているのかなとも思いますね。

嘘がつけないから、より真実が知りたくなる。

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――どんなものが園さんを形作っているのか、すごく気になります。

哲学書も好きだけど、文化人類学の本なんかも好きかな。嘘がつけないからなのか、真実を知ろうとするところがあって、論文とかばっかり読んでいましたね。だから、大学の先生たちにも色々勧めてもらって、勧めてもらう本や論文が、先生たちとの関係を構築していたような気もします。

たくさん読んだ中でも、東京造形大学の「哲学・美学記号論」の名誉教授だった多木浩二さんの「都市の政治学」は、感銘を受けた本の1つですね。

――ふんわりした雰囲気をお持ちなので、何だか意外でした。

よく言われます(笑)。ただ、詩集なんかは、イメージやコンセプト、自分の世界観を作るためには読んでいたりはします。特に、寺山修二さんの詩が持っている宇宙観は嘘くさくないというか、自分の中の宇宙に飛ばしてもらえるから好き。リアルな都市論と空想の宇宙観っていうか世界観のどちらも必要なんですよね。

あと写真とかも好きで、写真集は色々見ていました。まぁ、そんなにたくさん知ってるわけじゃないんだけど、リアリティがあって、それでいて、それが本当か嘘かわからないっていうところとかが好きだったのかもしれません。

見たものを自分なりにリフォームするんです

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――そうした今までの蓄積が園さんのセンスに繋がっていると想像するのですが、センスを磨くために具体的に意識してきたことってありますか?

見て、聞いて、読んでを繰り返すしかないですよね。だから私も、学生時代から休みの日は必ず展覧会に行ったりとか、ギャラリー、トークショー、ショーウィンドーを意識して見続けて、新しい流行は全部追ってた。でも、流行を追うと言っても、ただ見るだけじゃなくて、どう作られているかっていうコンセプトを読み解くことに重点を置いていたんです。あと、これは1人の先生からやり方を教えてもらったんだけど、見たものを自分なりにリフォームして、自分の新しい案まで作り出すっていうことも意識してやっていました。それがセンスを磨く秘訣なのかなとは思う。すっごく疲れるんですけど(笑)。

図面も、動線を考えたりして、建築物のストーリーまで読み取るみたいな。そういうデザイン的な思考でセンスを身に着けてきましたね。建築的とも言えるかもしれないです。そういう意味では、都会はセンスを身につけやすくて良いですよね。その上で、田舎に来ても、自分のやりたいことができるしね。特に、別府は、アメリカ軍が駐留していたこともあってか、新しい感覚とかセンスを受け入れる風土があるので、やりやすいなって感じています。温泉やおいしいものがたくさんあるから、ギャラなしで来て、作品を作っていってくれるアーティストもいるし、田舎の中でもセンスが良い地域だと思います。

――最後に、園さんの考える、センスのいい人像を教えてください。

自分の読みとったものを自分の形にできてる人かな。自分のスタイルにしてるとか。だから、例えば私がユニクロを着てようが、おばあちゃんのおさがりを着てようが、それなりに良く見えたりしたら、それはセンスがいいってことだと思います。

(佐々木)

プロフィール
1987年熊本県天草に生まれる。2006年東京造形大学デザイン学科室内建築専攻に入学後、バウハウスの流れを受けた教育で身体・衣服・プロダクト・空間・建築・ランドスケープまで幅広く学び、学外活動も積極的に行う。2009年の別府の芸術祭である「混浴温泉世界」のボランティアや、別府のまちづくりプロジェクトを通じ、2010年より別府に移住を決意。移住後は、NPO法人BEPPU PROJECTの運営する「BOOK CAFE」の店長や「SELECT BEPPU」の店長を歴任した。2013年からは別府の北高架S1ガレージに事務所兼スタジオ・ギャラリー「スタジオ・ノクード Studio Noquudo」をオープン。同年、クリエイティブな食事や団欒・食卓をテーマにした3人組みチームのEAT LOVE FACTORYも結成するなど、活動の幅を広げている。
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