クラブや音楽イベントでレコードをまわし続けて30年、日本では数少ないプロのDJとして活躍する須永辰緒さん。仕事としてDJをするとは、どんなことなのか。30年間ずっと変わらず大事にしてきたことと続けるうちに変化してきたこと、その両方を聞きながら、本当に自分らしく働くためのヒントを探ってみました。
――本日はありがとうございます!最近はどんなお仕事をされているのでしょうか?
直近では、5月に『夜ジャズ外伝2』というのをリリースしました。今年一番力を入れているコンピレーションCDで、日本のジャズシーンの若手の精鋭をコンパイルしています。2010年に同じ切り口で『夜ジャズ外伝1』というのを出したのですが、それがなかなか好評で。
――『夜ジャズ外伝』シリーズは、ファンにはおなじみですもんね。今回の聴きどころを教えてください!
ジャズってちょっと、敷居が高いイメージがあるじゃないですか。でも今回のCDではロックっぽく劇場型でみせているので、リスナーにも受け入れやすいんじゃないかと思っています。
「All The Young Dudes」っていうサブタイトルはイギリスのロックバンド、モット・ザ・フープルの『すべての若き野郎ども』をもじっています。若さならではの衝動みたいなものって、あるじゃない。そういうものを打ち出したかったんです。
――なるほど。ジャズ自体も敷居が高いイメージですが、一般の方にとってはプロのDJとは毎日どんな仕事をしているのか、それもイメージがつきにくい部分だと思います。日々どんな業務をされているのか、教えていただけますか?
基本的には制作がメインですね。コンピレーションCDを編集するというだけじゃなくて、スタジオで楽曲を制作するのが主な仕事です。あとは雑誌やWeb媒体でいくつか連載ももっているので、午前中はその原稿を書いたり、法人を作って動いているので、その事務作業をしたりしていますね。午後からは打ち合わせに出たり、スタジオに入って制作したりしています。
DJというと夜型のイメージがあるかもしれないけど、僕は完全に朝型。日が沈むころにはほぼ仕事を終えて、家族と一緒に食事をとるようにしています。
――そうだったんですね!朝型にされているというのは、何か理由があるんでしょうか?主催されているイベントも、早い時間にオープンのものが増えてきていますね。
そうですね。最近ではクラブイベントもオール(23時~翌朝にかけての時間帯)ではなくて、夕方からはじめて終電までには終わるものを増やしています。自分が体力的にキツくなってきたっていうのもあるし(笑) 若い人だけじゃなくて家族連れの人にもきてほしいと思っているのが大きいかな。
「クラブには行きたいけど、子どもがいるから…」っていう感じで、泣く泣く夜遊びを卒業する人って結構多いんですよね。そういう人にも楽しんでもらえるようにしたいので。
あとは、とにかく踊って騒いで、というスタイルが自分の中で新鮮じゃなくなってきているというのもありますね。音楽を楽しむスタイルは人それぞれで、別に踊らなくちゃいけないわけじゃないと思うんだよね。幅広い層の人に音楽を楽しんでもらえるように、これからも工夫していきたいと思ってます。
――須永さんと言えばレコード、DJというのは当たり前ですが、ラーメン界でもかなりの有名人になられていると思います(笑) 食べ歩きはもちろんのこと、スープまでご自分で作られているとか。
そうなんです。とあるチェーン店でラーメンのプロデュースに関わらせて頂きました。一緒にキッチンに立って、開発から参加しています。試作も10回近く繰り返しました。
僕は、好きになったものは本当に徹底的にやるんです。たとえば、80年代はF1が好きだったんですけど、空力からマシンの細部にいたるまで徹底的に研究して、パーツをもらったらマシン1台組み立てられるくらいの知識はつけましたからね。基本的に一途というか、オタクというか(笑)
――えっ、スゴい…! 須永さんみたいに「好きなことを仕事にしたい」「自分らしくのびのびと働きたい」という人は多いけれど、みんななかなかうまくいかずに悩んでいると思うんですよね。好きなことを仕事にして食べていくには、どうしたらいいんでしょう?
努力するしかないんじゃないかな。僕だってDJをはじめたころはそれこそ周りには天才しかいなくて、僕みたいな凡才は寝る暇も惜しんで努力するしかなかった。ずっと天才に囲まれて気後れしていたけど、ある日気づいたんです。「僕は努力の天才だな」と。努力する行程が全然つらくないんです。それがある意味自信になっているし、僕がDJとして残ってこられた理由だと思っていますね。
――去年、DJ30周年を迎えられましたが、プロのDJとしてそれだけの長い期間活動されている方って本当に少ないと思います。須永さんが「プロでやっていこう」と決めたきっかけは、何だったんでしょうか。
18歳のころです。当時遊びに行っていた新宿の「TSUBAKI HOUSE」というディスコがあったんです。音楽評論家・大貫憲章さんが主催している「ロンドンナイト」っていうイベントが開催されていて、僕はロックが好きだったので、そこに出入りしていたんですね。毎回1000人くらいはお客さんが入っていました。みんながみんなロック好きでおしゃれ。そんなイベントをつかさどっているのが、DJという存在だったんですね。
それ以前も小さいころから洋楽ばかり聴いていて、洋楽を集めてカセットに入れて、友達に配ったりしていました。当時洋楽を聴ける環境がなかったから、もらってもみんなあんまりわからなかったと思うけど(笑) でもそのくらい、音楽は好きでしたね。テレビではなかなか洋楽を取り上げている番組はなかったので、深夜のラジオ番組を聴いたり、レコード屋さんに通ったりしながら、情報を集めていました。
そんな感じだったから「自分は音楽を知ってるほうだ」と思っていたんですけど、「TSUBAKI HOUSE」に行ったら、あまりにも知らない曲が多すぎることに気づいて。しかもみんなかっこよくて。本当に衝撃を受けたんです。
――それほど大貫さんや、周りのDJの方々の存在が刺激になったんですね。
その後フリーランスのDJになられたのは、いつごろですか。
ヒップホップをかけはじめたのが、フリーランスになったきっかけでしたね。そのころは「DJ Doc.Holiday」というDJネームでした。
店に所属していると、ユーロビートとかブラックミュージックとか、キラいでもかけなきゃいけないときもあるんですよね。心で泣きながらかけてました(笑) その後知り合いの紹介で原宿のお店に移ったんですが、そこは本当に自由な雰囲気で、自分の好きなスタイルでかけさせてもらえる感じでした。MUTE BEATのDUB MASTER X師匠にも色々教わったし、人脈もできて、尊敬しているいとうせいこうさんにもそこで知り合った。今思えば、逆に自由だからこそDJとして鍛えられたな、という感じがしています。
――その時々に訪れるチャンスを、確実にものにされていったんですね。よいチャンスを逃さないようにするには、どうすればいいのでしょうか?
チャンスは偶然だからつかむのが難しいように感じるかもしれないけど、本当はどこにでもあると思うんですよ。必然性のある偶然。これはやはり尊敬するヤン富田さんの言葉です。ちゃんとアンテナを張っていれば、意気込まなくてもそれはわかります。
あとはそのときに、一歩踏み出していけるか否か。僕だってフリーランスになるとき、DJで食べていけるなんて思っていなかった。でも今しかできないことをやろうと思って踏み出したんです。
でも、踏み出したからといって成功するとは限らず、むしろ大きなチャレンジであればあるほど失敗する可能性は高いですよね。失敗したっていいんだけど、大事なのはそのときに原因を分析できるかどうか。一歩踏み出す前に、それに必要な知識は十分につけておいたほうがいいね。そうしたら何回失敗したって、セカンドチャンスは必ずやってきます。
――DJを仕事として続けていくにあたって大事にされていることがあれば教えてください。
僕はDJというのは、究極のサービス業だと思っています。「自分の理想はこうだ」と貫くのもひとつのスタイルだけど、それではお客さんはなかなかついてきてくれない。お客さんを楽しませてあげてはじめて、DJは成立するものだから。
そういう意味では、たとえば何も音楽を知らない人と同じ目線にまでは落とさないけど、ちょっと階段を降りて手を差し伸べてあげて、引き上げてあげるように意識しています。
実は僕、「寸止めDJ」と呼ばれているんです。お客さんが盛り上がって盛り上がって、もう少しでピークというところで止める(笑) それを2回くらい続けたあとのピークを自分が楽しんじゃってるのかも。そのロジックも含めてですが。
――それは盛り上がりそうですね!楽しいから、必然的に滞在時間が長くなります。
そうですね。そうすると自然にバーの売上も上がるし、お店にも貢献できる。基本的に、給料分の仕事はしたいと思っていますから、そのあたりはシビアに考えています。
会社につとめていても、自分が動いたぶん収益を上げられているかどうかというのを考える習慣をつけておくといいですよ。そういう感覚をもっている人はやはり、重宝される人材になると思うんです。
――仕事には能力とは別に「勘」や「センス」のようなものも必要な気がしています。そういうものを磨くには、どうすればいいと思われますか?
僕は全然負けず嫌いじゃなくて、甘んじて負けるほうなんです。そうすると謙虚な気持ちでその人のセンスのよさを吸収できると思うんだね。そういう意味では「こんな大人になりたいな」と思えるような人がたくさんいる環境に身を置くことは、大事かもしれませんね。
――やはりそうですよね。最後に、今転職を考えている人や自分のキャリアに悩んでいる人に向けて、メッセージをお願いします。
何年か前だったら海外に行きなさいって言っていましたね。日本から見る日本と世界から見る日本はまったく違うものだから、一度世界側からの視点をもってみることが大事なんですよ。言葉を覚えるのも大事ですね。僕自身は実際、ずいぶん視野が広がりました。
今だとYouTubeをはじめ世界に発信できるツールがたくさんあるわけだから、一歩踏み出すのも簡単ですよね。
転職というと会社を変えるというイメージがあるけど、もっと根本的に変わっちゃってもいいんじゃないかな。せっかくのキャリアについて考えるきっかけなんだから、ただビルが変わっただけ、みたいなのはもったいない。会社だけにこだわらずに、もっと広く「人の役、社会の役に立つことって何だろう」と考えてみることが、結果的に仕事につながっていくと思うんだね。はじめは全然軽い気持ちでいい。転職っていうよりも、居場所や軸をどこに置くかとかでいいと思います。
(2016/06/21 Tokyo Edit)